高校地理では、牧畜の形態として放牧、移牧、遊牧など似た単語が出てきます。これらのうち意味的に似ている移牧と遊牧の違いを明確にします。また、移牧の3類型について解説します。
移牧の教科書的説明
一般的な移牧の説明は次のようなものです。
“アルプス山脈では、冬は低地で家畜を飼育し、夏になると高地に移動する”
板書は次のような感じになります。
夏 ⇒ 家畜を高地へ移動
冬 ⇒ 家畜を低地へ移動
ホイットルセーの論文でも、地中海式農業の解説の中で、移牧について触れられています。
移牧の3類型
上記の一般的な図式で説明される移牧は、「アルプス型移牧」・「夏移牧」・「正移牧」と呼ばれるものです。中学・高校の地理ではそれで十分ですが、大学地理では移牧は大きく3つのタイプに類型化されます。
アルプス型移牧・夏移牧・正移牧
一般的に移牧と言えば、この類型を指します。アルプス山脈からピレネー山脈にかけて広く行われます。アルプス山脈の北側斜面、つまりスイスでは、この類型の移牧だけが見られます。アルプス山脈のフランス領内では、88%がこのタイプの移牧を行います。
前章の教科書的な説明に補足します。夏は高地の放牧地(アルプ)で放牧をします。家畜(一般的にはヒツジ・ヤギ、スイスでは乳牛)と一緒に高地へ移動するのは一般的に主人だけで、残りの家族は低地の集落(本村・母村)に残ります。高地とはいえ、本村とそれほど距離が離れているわけではないので、主人はいつでも自宅へ戻れます。
放牧に従事する主人は、家畜を搾乳し、その生乳を本村の市場へ出荷します。またチーズの製造も行います。この夏の期間、低地にいる本村の家族は農業に従事します。特に、冬に家畜が戻って来たときのために、牧草を収穫しておきます。
冬になると、主人は家畜と共に下山します。本村では家畜は畜舎に入れられ、夏の間に家族が収穫しておいた牧草で飼育されます。
高地 ⇒ 夏に放牧 ⇒ 主人のみ従事(山小屋に滞在)
低地 ⇒ 冬に家畜小屋で飼育 ⇒ 家族は一年中ここに残り農業
冬移牧・逆移牧
二つ目の類型は、一般的な移牧とは逆の方向をとるため、逆移牧と呼ばれることがあります。
本村となる集落は山地の中腹にあり、夏は本村周辺で放牧をします。冬になると、家畜(主にヒツジ)を低地に移動します。正移牧と同様に、家畜と共に移動するのは、放牧に従事する主人のみです。低地では、刈り取りの終わった耕地で放牧をさせるので、刈跡放牧という言い方もします。
このような移牧が見られるのは、スペインのメセタ、ピレネー山脈の南側一帯、イタリアのサルデーニャ島などです。
中腹 ⇒ 夏に放牧 ⇒ 家族は一年中ここに残り農業
低地 ⇒ 冬に放牧 ⇒ 主人のみ従事
二重移牧
三つ目の類型は、正移牧と逆移牧の両方の特徴をもつ二重移牧です。
二重移牧では、本村は山地の中腹にあり、夏は高地へ、冬は低地へ家畜(主にヒツジ)を移動させます。主にスペインで見られた移牧の形態ですが、第一次世界大戦後は正移牧に移行したようです。
二重移牧では、正移牧や逆移牧と違い、家族全員で移動をしていたようです。
高地 ⇒ 夏に放牧(家族で移動)
中腹 ⇒ 本村があり春秋に放牧
低地 ⇒ 冬に放牧(家族で移動)
移牧と遊牧の違い
ここまでで見てきたように、移牧とは季節によって家畜と共に移動する牧畜形態です。
ところで、遊牧もまた、季節によって家畜と共に移動する形態をとります。では、移牧と遊牧の何が違うのでしょうか。ちなみに、移牧も遊牧も、どの季節にどこで放牧するかは決まっています。最良の場所を探してフラフラしていたら、他の遊牧民との争いが絶えません。ですから、遊牧であっても縄張りの中での移動となり、結果として毎年同じルートを通るようになります。
遊牧と移牧の根本的な違いは、本村があるかどうか、テント暮らしなのかという点です。
移牧 ⇒ 家族が住む本村に居住する建築物をもつ
遊牧 ⇒ 移動先でテント暮らしをする
参考文献
漆原 和子(2013)「ピレネー山脈バスク地方(フランス)のヒツジの移牧」『法政大学文学部紀要』第66号
小林 浩二(1986)『西ヨーロッパの自然と農業』大明堂
白坂 蕃(2012)「イタリア北部における羊の移牧にみる“日常”と“非日常”」 『立教大学観光学部紀要』第14 号