地中海式農業は、混合農業とならんで高校地理の農業分野の花形です。説明は気候との関係で単純明快ですので、生徒も勉強しやすい単元でしょう。本記事では、そんな単純な地中海式農業を、あえて突っ込んで解説します。ホイットルセーの原文にさかのぼった後は、現在の地中海地方における収穫カレンダーを見て、農民の1年間の農業活動のサイクルも学習します。
地中海式農業の教科書的な説明(地中海性気候との関係)
地中海式農業は、中学・高校の地理の授業では、とても単純で明解な説明がされます。それは次のようなものです。
①地中海性気候では冬に雨が降る。小麦は冬作物なので、冬に小麦栽培をする。
②地中海性気候の夏は乾燥する。よって乾燥に強い作物、たとえばオリーブやブドウを栽培する。
③家畜の飼育もしていて、アルプス山脈では移牧が行われる。
ですので、板書としては
冬 ⇒ 湿潤 ⇒ 小麦
夏 ⇒ 乾燥 ⇒ 耐乾性樹木作物(オリーブ、ブドウ、柑橘類など)
となります。とてもシンプルです。移牧については、次の記事で解説しています。
実際、ホイットルセー自身も「地理学的観点から言えば、すべての(農業地域)区分の中で、最も満足のいくものだ」と述べています。
地中海性気候の特徴については、次の記事を参考にしてください。
ホイットルセーによる地中海式農業の解説
先述したように、ホイットルセーは地中海式農業を「最も満足のいくものだ」と評価しました。その理由は、「人間と大地との間の、古くから続く協調の代表例だから」だと述べています。人間と土地との関係を解き明かすことは、地理学の主要命題の一つです。ホイットルセーの論文は1936年の発表ですので、今から100年前の世界を見て書かれたものですが、地中海式農業が自然環境ととても強く結びついているため、現在でも彼の考察は有効だといえるでしょう。
ヨーロッパから新大陸への移民は、そこで地中海と同じような環境の土地を見つけ、地中海式農業を移植しました。アメリカ西海岸、チリ、南アフリカ、オーストラリア南部などです。細かな違いはあるものの、本質的には同じような仕組みで農業を行っています。ただし、「オーストラリア南部は例外だ」とホイットルセーは言います。他の地域と違って「山が無い」のが特徴で、地中海式農業のすべてが移植されてはいないとのことです。
ホイットルセーは、地中海式農業における作物と家畜の関係を、相互作用する4種類に分けています。
①雨で育てる冬の作物 ⇒ 例 小麦、大麦
②雨で育てる通年作物 ⇒ 例 ブドウ、オリーブ、コルクガシ
③灌漑で育てる通年または夏の作物 ⇒ 例 米
④家畜(主に小型動物)(夏は高地、冬は低地で育てる) ⇒ 例 羊、山羊、牛
地中海式農業では自給用の作物と販売用の作物が両方栽培されます。これは、「どの農家も両方を栽培している」というのではなく、「地域としては両方を栽培している」という意味で、広い範囲での話です。上記4種類の作物・家畜のうち、何をどの比率で育てるかというのは、地域によって変わってきます。
例えば、
北アフリカ ⇒ 自給用の大麦と販売用のヤギの皮革が主
南ヨーロッパ ⇒ 自給用の小麦と販売用の羊の皮革が主
といった感じです。他にも、
南仏、イタリア、チリ ⇒ ワインに重点を置く
カリフォルニア、スペイン ⇒ オレンジに重点を置く(カリフォルニアの農業であまり小麦を作らないのは、内陸で企業的穀物農業が行われているからです。)
といった例を、ホイットルセーは上げています。
ホイットルセーの農業地域区分については次の記事があります
現代の地中海式農業(地中海地方)における作物
地中海式農業における家畜
ヤギ ミルクおよびチーズのために飼育されます。
ヒツジ スペイン産チーズの約40%、ポルトガル産チーズの約80%がヒツジの乳から作られています(小林1986)。
ブタ 都市域で飼育。かつては放し飼い。
ウシ 役畜の比率が高く、乳牛は少ないようです。その理由は、乳牛の飼育には大量の水を必要とするためで、地中海性気候は水が豊富ではないからです。
地中海式農業における作物
オレンジ 年平均気温14℃が栽培北限。平地や斜面で栽培されます。生食用、ジュース用。
オリーブ オレンジよりも高緯度側で、内陸の土壌の薄い山地や斜面で栽培されます。漬物、油用。
コルクガシ 樹齢15~20年で皮を取り始め、8~10年間隔で採取。絶縁体、コルク栓。
ブドウ 石灰岩土壌など、水はけのよい平野で栽培。生食用、ワイン用。
小麦 主食用
大麦 家畜の飼料、ビール用
米 ポー川(イタリア)、エブロ川(スペイン)、テジョ川(ポルトガル)の流域にて。マラリア問題が解決し、湿気の多い地方への開拓が進んだため。
トウモロコシ ブタの飼料
地中海式農業における収穫カレンダー
参考文献
小林浩二(1986)『西ヨーロッパの自然と農業』大明堂
デイビッド・グリッグ(1995)『An Introduction to the Agricultural Geography, second edition』(邦訳『農業地理学』農林統計協会)
Derwent Whittlesey (1936) Major Agricultural Regions of the Earth, Annals of the Association of American Geographers, 26:4, 199-240