エスキモーとイヌイットの違いを解説~区別する必要はあるのか

エスキモーとイヌイットの違いを解説~区別する必要はあるのか

「エスキモーは差別語だからイヌイットと呼ぶ」。このように学校で習う人も多いことでしょう。しかし実態はもう少し複雑なようです。本記事では、地域によって異なる極北先住民の呼称について学習します。


アメリカの先住民

 エスキモーもイヌイットも、アメリカ先住民の一部です。アメリカ大陸に最初の人類がやってきたのは約3万年〜1.5万年前とされています。当時は最終氷期の最寒期で、ベーリング海峡が陸地化し、人類はアジアから歩いて北米に渡ることができました。よってアメリカ先住民は大きな分類ではモンゴロイドということになります。彼らアメリカ先住民のうち、アラスカからカナダにかけて分布している民族の一部がエスキモーやイヌイットと呼ばれる人たちです。
 モンゴロイドであるアメリカ先住民は大きく3つに大別されます。

  1「アレウト族やエスキモー、イヌイット」

  2「アメリカ・インディアン」

  3「インディオ」

です。アレウト族というのはアリューシャン列島周辺の先住民のことで、言語学的にはエスキモー・アレウト語族というグループを作ります。


エスキモーとは

 エスキモーは、アメリカ大陸に渡ったモンゴロイドの一民族です。その分布域は、西はシベリア東部から東はグリーンランドまで。極北の極寒の気候に適応し、狩猟・漁撈を生業としてきましたが、現在は他の遊牧民と同様に定住化が進んでいます。

 アメリカ大陸の中でもっともユーラシア大陸に近いからといって、エスキモーがアメリカ・インディアンやインディオの先祖というわけではありません。アメリカ・インディアンやインディオの先祖が極北地方を通り過ぎたあと、あとからアメリカ大陸に入ってきた比較的新しい民族です。よって、極東アジアの民族に最も近いのがエスキモーやイヌイットというわけですね。
 エスキモーという言い方が後述するように差別的かどうかは別として、北米大陸の極北地方に暮らす先住民全体を指してエスキモーと呼ぶことがあります。


イヌイットとは

 イヌイットとは、カナダに住むエスキモーの一部が使い始めた自称です。彼らの言葉で「ヒト」を意味します。「エスキモー」という呼び方が、北米先住民のアルゴンキン族(アメリカ・インディアン系)の言葉で「生肉を食べる人」という意味で、差別的だというのが定説になっています。「エスキモー」の意味は「雪の上を歩くときに使う靴」のことだという主張もあります。どちらにせよ、植民地時代に外部の人間によって付けられた呼称です。それに反発して、カナダに住むエスキモーがイヌイットと自称し始めました。ですので、カナダに住むエスキモーだけをイヌイットと呼ぶ場合があります。しかしイヌイットという呼び方が広まった結果、カナダに限らずエスキモー全体をイヌイットと呼ぶこともあります。現在は、カナダ以外のエスキモーたちも、それぞれの言語での自称を使っています。(次章参照)
 「生肉を食べる人」であれ「雪の上を歩く靴」であれ、本来は差別的な意味は含まれておらず、呼ぶ方も呼ばれる方も差別用語とは受け取っていませんでした。
 この件については、アラスカ大学・アラスカ先住民族言語センターの次の記事が参考になります。
https://www.uaf.edu/anlc/resources/inuit_or_eskimo.php


エスキモーとイヌイットの違い

 ここまでの話をまとめると、「エスキモーの一部がイヌイットと自称している」というのが正解です。イヌイットと自称する人たちのことをエスキモーと呼べば、失礼にあたります。(本人がエスキモーと自称する場合には失礼にはあたりません。)ですから「エスキモーもイヌイットも同じだ」とか、「とりあえず全部イヌイットと呼んでおけば安心」といった考えは慎まなければなりませんね。
 かつては「カナダの先住民はイヌイットを自称し始めたが、他の地域の先住民はエスキモーでよい」という状態だったようですが、上記のアラスカ大学の説明によれば、アラスカに住む先住民たちも、エスキモーという呼び方はもう受け入れられないと考えているそうです。
 現在は、それぞれの地域の先住民がエスキモー以外の自称を用いるようになっていますので、地域に応じて使い分けると良いでしょう。
 主なものを大雑把に分類すると次のようになります。


 アリューシャン列島 → アレウト(またはウナンガクス)
 アラスカ北部 → イヌピアック(「真の人間」)
 アラスカ南西部~チュコト半島 → ユピック(「真の人間」)
 コディアク島 → アルティーク
 ケナイ半島 → スグピアック
 カナダ → イヌイット(「人間」)
 グリーンランド西部 → カラリット(「グリーンランド人」)


エスキモーやイヌイットの人口


カナダ

 カナダの状況については次のサイトを参考にしています。
https://www.itk.ca/wp-content/uploads/2018/08/Inuit-Statistical-Profile.pdf


 カナダではイヌイットの居住域は4つに大別されます。
 2016年には、65,000人を超えるイヌイットがカナダには住んでいて、そのうち73%がそれら4つの地域に住んでいます。


 ①イヌビアルイト Inuvialuit (ノースウェスト準州北部) 3,115人
 ②ヌナビク Nunavik (ケベック州北部) 11,800人
 ③ヌナツィアブト  Nunatsiavut (ニューファンドランド・ラブラドル州北部) 2,285人
 ④ヌナブト Nunavut(ヌナブト準州) 30,135人
 カナダで上記以外の地域に住むイヌイット 17,690人


アラスカ

 アラスカの状況は下記のサイトを参考にしています。
https://www.census.gov/quickfacts/AK


 アラスカの人口731,545人(2019年)のうち「アメリカ・インディアンおよびアラスカ先住民」が15.6%となっていますので、計算すると114,121人となります。しかし、これにはインディアンが含まれており、かつてエスキモーと呼ばれた人々の人数が分かりません。Wikipediaによると、アメリカ全体でエスキモーが16,581人(2010年)いるとのことですが、これにはアラスカ以外のエスキモーも若干含まれています。


グリーンランド

全人口56,081人(2020)のうち、89.7%がイヌイット系。Wikipedeia より


そのほか、ロシアやデンマークにも居住しています。

 

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