集約的稲作農業やアジア式稲作農業と呼ばれる農業区分は、日本もそれに含まれるだけあって身近なものです。しかしながら、名前からは農業の内容が判断しづらいのではないでしょうか。本記事では、ホイットルセーがこの農業区分をどのように説明しているのか概説し、現在のアジアの様子とのギャップも見ていきます。
集約的稲作農業・アジア式稲作農業のネーミング
この農業区分には、定着した呼称がありません。現行の地理B教科書では、帝国書院が「集約的稲作農業」、二宮書店が「アジア式稲作農業」と表記しています。
ホイットルセーの原典では Intensive Subsistence Tillage with Rice Dominant と名付けられています。これを直訳すると「米を主とする集約的で自給自足的な耕作」となります。ですから、「集約的自給的稲作」と呼べば原文の意味に近づくでしょう。(そのかわり生徒は眠くなってしまうでしょうが…)
ただしホイットルセーは、もう一つ Intensive Subsistence Tillage without Paddy Rice という農業区分も設定しており、この二つはセットであると述べています。ですので、この二つの農業区分がセットの関係にあると分かるようなネーミングが必要で、帝国書院は「集約的畑作農業」、二宮書店は「アジア式畑作農業」と表記してセット感を出していますが、原文にある「水田の無い」「水田耕作を伴わない」といった意味合いは消えてしまっています。
ホイットルセーによる解説
ホイットルセーの論文による集約的稲作農業の説明を要約すると、次のようになります。
南アジアから東アジアの湿潤地帯で行われる水田耕作で、人口維持力が高いです。
耕地は三つの種類に分けられます。①この農業区分の中心である水田。灌漑可能な三角州、氾濫原、海岸平野、棚田で見られます。②灌漑の届かない平地。穀物を中心に、菜種や綿花が栽培されます。③耕作に向かない斜面。桑、茶、香辛料などが栽培されます。
水田を耕すとき以外は基本的に手作業となります。耕す際には水牛も使役します。耕具や灌漑施設は原始的で、鉄製農具も使われます。
田植えは一本一本やらなければならないし、穀物は刈り取り後に乾燥させる必要があります。灌漑施設の維持管理にも気を使わなければなりません。茶葉や桑の葉は丁寧に収穫する必要があります。このように労働には努力を要します。手作業で丁寧に雑草を抜き取るなどして見事な耕地が作られるので、機械化によって生産量が増加するかは疑わしいところです。むしろ減るかもしれません。
根気強い労働にも関わらず、一人当たりの生産量は低く、人々はひどく貧しいです。
集約的稲作農業の現在
ホイットルセーが農業地域区分の論文を発表したのは1936年です。戦前の話しです。21世紀の今、ホイットルセーの説明がそのまま私たちの知っている現在の農業に当てはまるわけではありません。稲作も機械化が進み、労働集約的とは言えなくなっていますし、タイやベトナムのような米の輸出が盛んな国は、自給的とは言えない状況です。そうであっても、中国、ベトナム、タイ、ミャンマーなどの田舎を歩いていると、ふっと子どもの頃の記憶が思い出されるような既視感があるのです。そこに共通の文化があるということなのではないでしょうか。