最近はノマド・ライフという生き方もあります。私も憧れている一人です。このノマドとはもともとは遊牧民のことです。ノマド・ワーカーが働く場所を固定されずに自由に場所を選んでいるように、移動を続ける牧畜業のことを遊牧と言います。本記事では、遊牧の紹介、そして遊牧・放牧・移牧という似た用語の意味の違いを解説します。
遊牧とは
遊牧は、ホイットルセーの農業地域区分のひとつで、英語ではNomadic Herdingといいます。家畜とともに、自然の水や草を求めながら移動をくり返し、主に家畜から得られるもの(乳製品、肉、皮革等)を生産する農業方式です。
作物を育てることはできないけれど、動物を育てるための草やコケ程度なら手に入るような場所に見られます。ですので、具体的にはステップ気候区やツンドラ気候区がこれに相当します。
ホイットルセーの農業地域区分には、遊牧の他に企業的牧畜業という区分があります。一見すると対極的な農業に見えますが、ホイットルセーはこの二つの農業を「非常に似ている」(double)と言っています。自給的な牧畜を遊牧、商業的な牧畜を企業的牧畜業と区分したわけです。(ホイットルセーは「企業的」とは言っていませんが) ですので、遊牧のことを「自給的牧畜」と呼んでもいいのかもしれません。
育てられる家畜は大きく2種類に分かれます。一つが生産物としての家畜で、肉、乳、皮革、毛、骨、角などが利用されます。これには羊、ヤギ、牛、馬、トナカイなどが含まれます。もう一つが遊牧をサポートする家畜で、人が乗ったり、荷物を運んだりします。これには馬、牛、トナカイ、ラクダなどが相当します。両方に該当する家畜もあります。
遊牧・放牧・移牧の違い
遊牧と似たような用語に放牧や移牧があります。これらの違いを明確にしておきましょう。
ホイットルセーの農業地域区分は、五つの指標に注目されて作られており、その一つが農業に用いる施設の問題です。どのような建物を使うのか、もしくは使わないのか。
遊牧では、人間は移動式のテントで生活をしていますので、当然家畜は屋外で暮らします。一方で放牧は、放し飼いにされている時間もありますが、必要があれば畜舎に家畜を入れます。労働者は建物の中で暮らしています。特に夜間は、オオカミや盗賊から家畜を守るために、家畜を畜舎や集落の広場に収容することもあります。私もネパールの山奥で、村の空き地に羊がぎっしりと集められているのを見たことがあります。どの羊が誰の所有か判別できるように、羊に色のついたスプレーか何かが付けられていました。
移牧は、地中海沿岸で主に見られる牧畜の一形態で、夏は高地で放牧し、冬は低地の畜舎で家畜を育てます。どの季節でも、労働者は家屋で暮らしています。
このように、遊牧、放牧、移牧はそれぞれ意味が異なりますので、違いを明確にしておきましょう。
世界の主な遊牧民族
遊牧民は、南極を除くどの大陸にも見られます。しかしヨーロッパ人の植民活動や政府の定住政策によって、その地域・数は減少しています。ここからは、高校地理に登場する、各地域における主な遊牧民族を紹介していきます。
アジアの遊牧民族
モンゴル族
モンゴル国を中心に、中国北部、シベリア、中央アジアなどの草原地帯に広がっています。
馬を使役し、羊を育てます。高校地理では、テントの形と名前を覚えることになります。宗教はチベット仏教が主流です。言語はアルタイ語族です。
モンゴルの主都ウランバートルでは、定住した元遊牧民が都会の中でもテントで暮らしていたりします。
チベット族
中国のチベット自治区を中心に、青海省、四川省、雲南省、ネパール北部、インドのシッキム州、ラダク、ブータンなどチベット高原周辺に広がっています。
ヤクという高地に適応した牛の一種を使役し、ヤクや羊を生産します。宗教はチベット仏教が主流です。言語はシナ・チベット語族です。
ベドウィン
アラビア半島を中心に、西アジア、北アフリカに広がる砂漠の遊牧民です。ラクダを使役し、羊やヤギを生産します。宗教はイスラム教が主流です。言語はアフロ・アジア語族のアラビア語を使用します。
この地域は産油国が多く、現代では都市に定住する者が増えています。
ヨーロッパの遊牧民族
サーミ(ラップ)
ラップランドと呼ばれる、フィンランド北部を中心とするスカンディナヴィア半島北部に住む遊牧民です。伝統的には、トナカイを使役・生産しています。この地域は、高所得・高福祉の北欧ですので、リアルな遊牧生活は失われています。教科書等で写真が載せられているものは、観光客向けのパフォーマンスです。
宗教は、現在はキリスト教が主流です。本来の言語はウラル語族です。
かつては「ラップ」と呼ばれていましたが、これは侮蔑的な意味を含んでいるため、現在は「サーミ」と呼ぶようになっています。ですので、先述の「ラップランド」も「サーミランド」と呼ぶようになっています。
アフリカの遊牧民族
トゥアレグ(ベルベル)
ベルベル人は北アフリカの先住民族です。「ベルベル」という呼称は、ローマ人たちが理解できない言葉をベラベラ喋るからという理由で付けられた蔑称です。彼ら自身は自分たちのことを「イマジゲン(高貴な自由人)」と呼んでいます。
高校地理ではベルベル系のトゥアレグという遊牧民が紹介されます。ラクダに乗って、羊を育てます。言語はアフロ・アジア語族で、宗教はイスラム教です。
かつては、「過激で攻撃的な遊牧民」として紹介されることもありましたが、これはパリ・ダカール・ラリーのレースで関係者が襲撃されるという事件に由来するものだという説があります。パリ・ダカール・ラリーは、彼らの縄張りを車で走り回るレースですので、彼らの気分を害するのは当たり前のことです。
北米の遊牧民族
イヌイット(エスキモー)
無人のアメリカ大陸に人類が到達したのは約3万~1.3万年前と考えられます。これはベーリング海峡が地続きだった頃の話で、アジアから歩いて渡ったと考えられています。よって、アメリカ先住民はモンゴロイドに区分されます。中でも特に、アラスカからカナダ北部、グリーンランドに住むエスキモー(イヌイット)と呼ばれる人たちは、遺伝的にも我々アジア人種に近いようです。エスキモーと生活を共にした作家の著作に、日本人の知り合いにそっくりなエスキモーがいて驚いたという記述がありましたので、遺伝的な近さが伺われます。
犬やトナカイを使役し、トナカイを生産したり、アザラシやクジラの漁をします。
カナダでは「エスキモー」という呼び方が侮蔑的であると考えられた時期があり、かれらを「イヌイット」と呼ぶようになりました。カナダのヌナブト準州は、イヌイットの自治準州です。
言語はエスキモー・アレウト語族に属しますが、英語の話者が増えています。宗教は伝統的には自然崇拝ですが、現在はキリスト教が主流となっています。