ホイットルセーの農業地域区分13種類の特徴を解説

ホイットルセーの農業地域区分13種類の特徴を解説

高校地理で農業と言えばホイットルセーの農業地域区分です。ホイットルセーは世界を13の農業に区分しました。高校地理の教科書では、修正が加えられて13種類でなかったり、別の区分が加わっていたりします。本記事では、ホイットルセー論文の英語原文をもとに、13種類の農業地域区分の解説を試みています。 

地理学におけるホイットルセー

 高校地理におけるホイットルセーの位置づけは、農業地域区分を作った学者さんです。高校では「農業地理と言えばホイットルセー」と言っても過言ではないくらい有名です。しかしながら、大学地理でのホイットルセーは少し地味です。どちらかというと、「地域とは何か」という理論的な話に登場します。

 地域のとらえ方として、「等質地域」と「結節地域(機能地域)」という概念を、最初に詳しく定義したのがホイットルセーです(1954年)。地域とは何かについての解説は、下の記事をご覧ください。。本記事では1936年にホイットルセーが発表した論文をもとに、農業地域区分について説明していきます。

ホイットルセーは何に注目して農業地域区分を作ったか

 ホイットルセーは、世界を、同じような農業が営まれている地域に区分しました。農業に影響を与えるものとして、気候、土壌、傾斜、人口密度、技術段階、伝統をあげ、これらの相互作用が文化景観を作ると述べています。そして、農業地域区分を作るにあたっては、次の5つの指標も用いています。

  ① 作物と家畜の関係

  ② 作物や家畜を育てる手段

  ③ 労働、資本、組織を土地にどのくらい投下しているか(集約度)、その結果、生産量はどの程度か(生産性)

  ④ 農産物をどのように処分しているか。自給用なのか、販売用なのか

  ➄ 農業に利用する建造物

 その結果、世界は13種類の農業に区分されました。その中には、遊牧のように農業とは言えないものや、酪農のように耕作の比率の低いものも含まれています。これについてホイットルセーは、「英語には植物を育てることと家畜を育てること両方をカバーする単語が無いため、農業(agriculture)という語句を使用する」と弁明しています。

ホイットルセーの農業地域区分13種類

 本章では、ホイットルセーによる13種類の農業区分を順に見ていきます。

 順序は、ホイットルセーによる論文の順番通りになっていますので、高校地理の教科書に掲載される順序とは異なります。

また農業の名称は、ホイットルセーが名付けた英語原文と、私が直訳した日本語となっています。原文のニュアンスが失われないように、あえて直訳しています。日本の中学・高校で使われている名称は文中で紹介していきます。

 高校地理の教科書で紹介されている農業区分は、ホイットルセーの区分をもとに、現在の状況に合わせて修正を加えたものになっていますので、下の13種類とは若干異なる場合があります。それについても補足していきます。

遊牧 Nomadic Herding

 nomadicだけで「遊牧」という意味がありますが、遊牧の意味を知らなければ説明になりません。nomadicという英単語には「あちこち移動する」という意味があります。herdingは「群れを移動させる」という意味があります。高校地理の教科書では、この農業区分は遊牧と表記されます。

 遊牧は最も原始的な農業のスタイルで、農耕が始まる前から存在した狩猟採集生活と共通点があります。「耕作はできないが、砂漠や氷床のようにまったく植物が育たないわけでもない」場所に見られます。ですので、気候区分としてはステップ気候ツンドラ気候、高山気候などが該当します。

 自然の草や水を求めて季節移動をしますが、その都度行き先を悩みながら彷徨っているわけではありません。縄張りのようなものができあがっており、決まった場所を季節移動します。そうでなければ争いが絶えません。

 生活に必要なものの多くを家畜から得ます。家畜は、ヤギ、ラクダ、トナカイ、、ロバなどの肉、乳、皮、骨、角などが利用されます。

 高校地理では、西アジアのベドウィン族、北アフリカのトゥアレグ族、北ヨーロッパのサーミ族、東アジアのチベット族、モンゴル族などが登場します。

牧場経営 Livestock Ranching

 高校地理では企業的牧畜業企業的放牧業などと呼ばれます。ranchingだけで「牧場経営」という意味になります。livestockは「家畜」という意味ですが、stockだけでも家畜を意味します。

 この農業区分は、湿潤地域に住むヨーロッパ人が乾燥地域に移住して成立したものです。もっとも分かりやすい例が、北米大陸における牧畜業です。この農業が成立したのは産業革命のおかげです。交通手段の発達と都市化の進行によって、市場へのアクセスが確保されたことで、乾燥地における牧畜業が発達したのでした。交通手段に関して言えば、冷凍船技術の発明により、南半球(とくにオーストラリアや南米)における牧畜業が発達したことが高校地理ではネタになります。

 ホイットルセー自身は、遊牧と企業的牧畜を対の関係で捉えており、「自給的な牧畜」を遊牧、「商業的な牧畜」を企業的牧畜業と説明しています。また、高校では「企業的」という言い方をしますが、ホイットルセー的には「商業的」と言った方が良い気がします。

移動農耕 Shifting Cultivation

 耕地を移動させながら生活する農業のやり方で、一般的には焼畑農業と呼ばれるタイプです。これは主に低緯度の熱帯地方で見られる農業です。熱帯地方では、土はラトソルと呼ばれる肥沃ではない侵食されやすい土壌で、定住しての農業に向いていません。ですので、伝統的に草木を焼き払い、その草木灰を肥料として農業をします。このやり方では2~3年で土の栄養分が減って収穫量が減ってしまうため、移動を繰り返すことになります。

 農業のやり方として、木の杖を用いることがあります。この杖で地面に穴をあけ、ここに種子や種イモを植えて育てるという方法です。

 焼畑農業のことをハック耕と呼ぶことがあります。この「ハック」はドイツ語の「hacke」(鍬、クワ)のことで、ドイツ人地理学者が焼畑農業のことをハック耕と呼んだのでした。焼畑農民が鍬のことをハックと呼んでいるわけではないようです。英語でハック(hack)と言った場合には「(斧などで)切り開いて進む」という意味があるので、森林を切り開いて新しい耕地を作る焼畑のイメージに合います。

原始的定住農耕 Rudimental Sedentary Tillage

 高校地理では粗放的定住農業(帝国書院)と紹介されています。二宮書店の教科書では省略されています。

 焼畑農業が営まれてきた地域で、移動する必要が無い場合(たまたま土が肥沃である等)、または移動する意味がない場合(小さな島や山岳の谷底等)、定住集落が作られます。その場合でも、耕地だけは移動して焼畑を継続するかもしれません。このような農業は、征服される前のアメリカ大陸高地やマヤ文明の低地で見られました。ホイットルセーの作った区分図では、アメリカ大陸以外では、東南アジアの島嶼部やアフリカの一部に見られます。

 また、焼畑を営む地域(アフリカ、南米、東南アジア)に欧米人がやってきて、樹木作物の栽培を奨励(強要)した結果、現地人が定住することがあります。カカオ、油ヤシ、天然ゴムなどを作ります。欧米人が耕作技術や肥料技術を紹介して、耕地の移動が不要になるケースもあります。

稲を主とする集約的自給自足農耕 Intensive Subsistence Tillage with Rice Dominant

 南・東南・東アジアに見られる農業で、高校地理では集約的稲作農業とかアジア式稲作農業と呼ばれます。人口密度の高い地域で集約的に行われる農業です。家族総出、村総出で農作業に従事することもあります(労働集約的)。

 稲作には灌漑が必要なため、三角州、氾濫原、海岸平野または棚田などで行われます。冬でも温暖な低緯度地域では1年に2回稲を育てる二期作が可能となります。そこまで温暖でない場合、冬には小麦等を裏作として作る二毛作をやることもあります。灌漑施設が利用できない平地では綿花や菜種等を育て、斜面は果実や香辛料、茶などの樹木作物を育てます。

水稲を作らない集約的自給自足農耕 Intensive Subsistence Tillage without Paddy Rice

 高校地理では集約的畑作農業とかアジア式畑作農業と呼ばれています。

 稲作が可能ならば稲を作りたいのだけれども、気候、地形などの要因でそれが不可能な場所で見られます。よって、降水量の不安定な土地や、三角州や氾濫原の無い内陸に見られます。具体例として、中国の華北地方やインドのデカン高原があげられます。華北地方にはレス、デカン高原にはレグール土という肥沃な土壌があるため、小麦、雑穀、綿花などが集約的に栽培されます。前の章の集約的稲作の地域と同様に、斜面では樹木作物を育てます。

商業的大農園作物農耕 Commercial Plantation Crop Tillage

 プランテーション農業として知られる農業区分です。

 伝統的には焼畑農業や粗放的定住農業が行われてきたような地域に欧米人が進出し、商品作物を作るようになりました。土地の改良や農業機械など、大規模な資本が必要となるため、欧米からの資本が投入されて成立します。また、作られた商品作物はやはり中緯度の先進地域に運ばれて販売されます。このような地域は欧米の植民地だったケースが多く、労働は現地人や移民(奴隷を含む)によってまかなわれました。作物としては、ヨーロッパでは栽培の難しいサトウキビ、天然ゴム、茶、コーヒー、カカオ、タバコなどが栽培されました。

地中海の農業 Mediterranean Agriculture

 地中海式農業として知られる農業区分です。ホイットルセーも「地理学的観点から見て、地中海式農業は、すべての農業区分の内で最も満足のいくものである」と述べています。

 高校地理における地中海式農業の一般的な解釈は次の通りです。

 「地中海性気候の地域では夏は乾燥し冬に湿潤となるため、夏には乾燥に強い作物(オリーブ、ブドウなどの樹木作物)を、冬には小麦を栽培する」。

 高校地理ではこれで十分でしょう。しかしホイットルセーは、地中海地方の農業の特徴として、山岳や丘陵地帯における家畜の飼育(いわゆる移牧)も重要視しています。そういう意味では混合農業の一形態とも言えます。作物と家畜の組合せは地域により異なり、北アフリカでは大麦とヤギ、南ヨーロッパでは小麦と羊の組合せとなります。

商業的穀物農業 Commercial Grain Farming

 高校地理では、企業的穀物農業と呼ばれることの多い農業区分です。

 この農業区分も企業的牧畜と同様に、産業革命によって誕生した農業と言えます。蒸気船と鉄道の発達によって、遠く離れた場所で栽培された穀物に、西ヨーロッパの人口密集地域の人々がアクセスできるようになりました。それ以前は遊牧や牧場経営に使われていた土地で、内陸の半乾燥地域に多く分布します。

 現在は、アメリカのプレーリー地帯、東ヨーロッパのチェルノーゼム地帯、南米のパンパなど、肥沃な黒色土の分布する地域に見られます。アメリカでは、穀物メジャーと呼ばれる巨大穀物商社が力を持っています。

商業的な家畜と作物の農業 Commercial Livestock and Crop Farming

 一般的には混合農業(mixed farming)と呼ばれる農業区分です。受験地理では、地中海式農業と並んで出題頻度の高い農業区分ですね。アメリカのコーンベルト、西ヨーロッパ、南米のパンパなどで見られます。ここでは、食料としての小麦、飼料としてのエン麦、そしてトウモロコシは人間も家畜も食べます。冷涼な地域や、土の肥沃でない地域では、小麦・トウモロコシの替わりにライ麦や大麦を栽培します。根菜を栽培するのも混合農業の特徴で、食料としてジャガイモ、飼料としてカブ、サトウダイコンが栽培されます。

 作物は基本的に販売されますが、農民の主な収入源は家畜から得られます。収入は比較的多く、次章の自給的な混合農業と区別して商業的混合農業とも呼ばれます。

自給自足の作物と家畜の農業 Subsistence Crop and Stock Farming

 前章と同様に混合農業のことですが、この区分は自給的混合農業と呼ばれます。

 農業の内容自体は前章の商業的混合農業と変わらないのですが、作物や家畜由来の産品を販売することは少なく、自給用で消費してしまうのが特徴です。よって収入は多くはありません。東ヨーロッパやメキシコ高原に見られる農業区分で、伝統的には小麦栽培はあまり見られず、ライ麦やトウモロコシが中心となります。近年は、緑の革命によって小麦の収穫が増えている地域もあります。

商業的な乳製品農業 Commercial Dairy Farming

 酪農のことです。混合農業と同様に、作物栽培と家畜の飼育という組み合わせの一つのバリエーションです。しかし気候が冷涼で、作物の中心がクローバーやアルファルファなどの干し草となる地域では、食糧作物が十分に作れないために家畜の飼育が農業の中心となります。酪製品(乳製品)、とくに生乳やクリームは鮮度が重要なため、近くに大きな市場が必要となります。チーズやバターは遠距離輸送が可能なため、遠くの市場までアクセスが可能です。

 冷涼な気候(山岳を含む)と市場へのアクセスという条件から、酪農が発達している地域は北ヨーロッパ、アルプス山脈、アメリカの五大湖沿岸、オーストラリア東岸、ニュージーランドとなっています。

専門化した園芸 Specialized Horticulture

 一般の家庭菜園でも作れるような野菜や果物を専門的に栽培する農業を園芸農業と呼びます。伝統的には、フランスでワイン用のブドウを専門的に作る農業がこれに該当しました。現在は、園芸農業と言えば都市近郊で都市住民のために新鮮な野菜・果物・花を育てる農業を指します。また、交通手段の発達によって、市場から離れていても気候の特徴を生かして園芸農業を営むことが可能となっています。これは促成栽培とか抑制栽培と呼ばれ、またトラックファーミングと呼ばれる経営スタイルも中学・高校地理では頻出となります。

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