海運に関する事故等のニュースを見ると、日本の会社のはずなのに「パナマ船籍の貨物船」で「フィリピン人乗組員」というケースが多いことに気が付きます。これは便宜置籍船という仕組みによるものです。本記事では、高校地理の授業にも登場する便宜置籍船国について解説します。
便宜置籍船国とは何か
高校地理では便宜置籍船国という用語が登場します。これはいったい何でしょうか。漢字の意味を読み解くと、「便宜的に船の籍を置いてある国」ということになります。
「便宜的」の意味を辞書で調べると「便宜上それですませる様子だ」(新明解国語辞典)とあり、「便宜上」は「最善の方法ではないことを承知の上で、当座の処理には役立つものとして間に合わせる様子」(同上)と書かれています。
言い換えれば「船の籍は本来、船を所有する組織が属する国で登録するのが最善だと分かっているものの、他の国で登録する利点があると判断した」というわけですね。
これを自動車に置き換えると、東京の人が東京で乗っている自動車を、わざわざ沖縄県で登録して沖縄ナンバーのプレートを付けているようなものです。
便宜置籍船のメリット
上述したように、わざわざ他の国に船の籍を置くのが便宜置籍船です。そこには当然メリットがあるはずです。どのようなメリットがあるのか見てみましょう。
- 登録費用・税金が安い
- 登録の手続きが簡単
- 船員の国籍に関するルールが緩い(人件費の安い国の船員を雇える)
海運業者も利益を生むために運営されているわけですから、経費や手間を削減するために外国に船籍を置くことは当然と流れと言えます。また、置籍船の多い国にしてみれば、貴重な外貨収入源となるわけで、お互いにウィン・ウィンの関係と言えます。
また日本では、1970年代以降、円ドルの為替相場の変動とくに円高への対応として、「ドルによる運営化」を目的に便宜置籍船が増加したという背景もあります。
便宜置籍船のデメリット
一方で、便宜置籍に関するデメリットも存在します。
- 密輸などの違法行為に利用される
- 労働者の待遇が悪くなる
- 自国の税収が減る
自国よりも法規制の緩い国に船籍を置くことで、自国では許されないことが許されるケースが出てきます。その結果、密輸やタックスヘイブンに使われてしまうことが考えられます。また、船員の労働条件や福利厚生といった面でも制度が異なれば、船員に過酷な労働を強いることになるでしょう。
便宜置籍船国の具体的な国はどこか
統計を見てみます。日本が11位になっているので、11位まで掲載しますね。
世界の国別船腹量(比率、2013年)(日本海事広報協会HPより)
1位 パナマ 19.4%
2位 リベリア 11.3%
3位 マーシャル諸島 8.5%
4位 香港 7.6%
5位 シンガポール 6.2%
6位 バハマ 4.7%
7位 マルタ 4.4%
8位 中国 3.8%
9位 ギリシャ 3.7%
10位 キプロス 1.9%
11位 日本 1.8%
上記の国々がすべて便宜置籍船国というわけではありません。しかし、多くの国が小さな島国であったり、特に海運国ではないような国であったりすることから、日本と中国以外は便宜置籍船国と言って差し支えないでしょう。
〈参考〉公益財団法人 日本海事広報協会
日本の船はどこに船籍を置いているか
世界の様子は分かりましたので、次に日本の様子を見ていきます。
日本商船隊の船籍国(日本船主協会HP 「SHIPPING NOW 2020-2021」より)
1位 パナマ籍 56.9%
2位 日本籍 11.3%
3位 リベリア籍 6.3%
4位 マーシャル諸島籍 5.5%
5位 シンガポール籍 5.0%
日本では断然パナマが人気であることが分かります。
〈参考〉一般社団法人 日本船主協会