「食糧は武器である」。これは、レーガン政権の農務長官ジョン・ブロックの言葉です。アメリカで作られた穀物は世界中に輸出され、私たち人類の胃袋に収まっていきます。アメリカにとって経済的にも国際政治的にも重要な穀物は、実際には少数の巨大企業によって寡占が進んでいます。本記事では、世界の食糧事情に大きな影響力を持つ穀物メジャーについて解説します。
穀物メジャーとはどのような会社か
穀物メジャーとはどのような会社を指すのでしょうか。その答えは、「穀物に関わるあらゆる事業を網羅する巨大企業」というべき会社です。しかし、実際には「あらゆる」というのは間違いで、そこには大切な1点が除かれています。それが、穀物の「栽培」です。
穀物メジャーは、品種改良・肥料の開発から、穀物の集荷、運搬、貯蔵、取引、販売、そして農機の製造、小麦を小麦粉にするような加工まで、確かにあらゆる事業に手を出しています。しかし、穀物の栽培は農民たちがやっているのです。穀物メジャーは、穀物の集荷はします。そこで農民に対価を支払います。しかし穀物メジャーと呼ばれる企業が、直接農民を雇用して農業に従事させているわけではありません。
なぜこのようになっているのかというと、穀物の値段は気候変動、国際価格、国の政策などの影響を受けやすいため、そのリスクを企業が負わずに農民に背負わせているからです。また、穀物は単価の低い商品ですので、流通の過程で発生する支払いも微妙な価格の設定が重要になります。これらの取引を公にしないため、伝統的な5大穀物メジャーの企業は5社とも株式非公開の個人企業という形をとってきました。
アグリビジネス:アメリカにおける、食糧生産のシステム全体をさす言葉。イギリスでは「フード・チェーン」と呼ぶ。
穀物メジャーと石油メジャーの比較
メジャーとは、その業界で大きな力をもつ巨大企業のことです。地理の授業で、ただ単に「メジャー」と表現した場合には「石油メジャー」をさすことが多いです。
現在の高校地理の指導順序では、先に穀物メジャー(農業分野)が来て、後に石油メジャー(鉱工業分野)が来ます。ですから、「穀物メジャーは石油メジャーのようなものだ」という説明はできません。生徒が石油メジャーを知らないという前提で授業をする必要があります。
では穀物メジャーと石油メジャーは似ているのかというと、確かに似ています。それは、石油メジャーが石油の発掘、採掘、輸送、加工、販売まで行う、つまり石油に関するあらゆる事業を行っているからです。しかし、先述したように、穀物メジャーには穀物を栽培する事業が抜けていること、そして株式非公開企業が多いという点で異なります。
穀物メジャーの代表的な会社
石油メジャーに「セブン・シスターズ」という7社があるように、穀物メジャーには「ビッグ5」と呼ばれる代表的な企業があります。
穀物メジャーの「ビッグ5」に数えられた企業(1970~80年代)
- カーギル社(米) 本社:ミネソタ州ミネアポリス郊外
- コンチネンタル・グレイン社(米) ベルギーで創業。1999年にカーギル社に買収された。
- ブンゲ社(蘭→米) 名目上はオランダ企業の完全子会社だった。現在の本拠地は、ミズーリ州ミネアポリス。
- ルイ・ドレフュス社(仏→スイス) フランスで創業。
- アンドレ・ガーナック社(スイス) 2001年に倒産。
なお、クック・インダストリーズ(米)を加えて「六大穀物メジャー」とも呼びましたが、この会社は1978年に事実上倒産しました。この会社は当時としては珍しく株式公開企業でした。
業界再編後の「ビッグ5」(1990年代)
- カーギル社(米)
- コンチネンタル・グレイン社(米)
- ブンゲ社(米)
- アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド社(米) 本社:イリノイ州シカゴ。ADM社。
- コナグラ社(米) 企業買収を繰り返し、アメリカ最大規模の食品工業会社に。
現在の穀物メジャー(2000年代以降)
現在は、カーギル社とADM社の「ビッグ2」体制となっており、寡占が進んでいます。
カントリー・エレベーターとは
穀物メジャーの話をしていると、カントリー・エレベーターという用語が登場します。これは穀物を貯蔵しておく施設のことで、とくに穀物の栽培地域(農地)に作られたものを「カントリー・エレベーター」、穀物の集散地に作られた大きな貯蔵庫を「ターミナル・エレベーター」、港に作られた貯蔵庫を「ポート・エレベーター」とか「リバー・エレベーター」と呼んでいます。
上:カントリー・エレベーターの写真
上:ポート・エレベーターの写真
まとめ
一般のアメリカ市民でもカーギル社が何をしている企業なのかよく分かっていないと言われるほど、穀物メジャーの業務は多岐にわたっています。中学・高校の地理の授業では、カントリー・エレベーターの写真を見て、何をする施設なのか考えさせて、そこから穀物メジャーという巨大商社の存在へと話を持っていくという展開が考えられます。
なお、本記事では石川博友著『穀物メジャー』岩波新書を参照しています。